カテゴリー別アーカイブ: 英・蘇・愛 旅日記2008

伝統音楽祭2・ワークショップ(Ennis/愛)

2e1a90cd.jpg音楽祭の一環として
様々な楽器のワークショップがあるというので、
ボタンアコーディオンのワークショップを受けに、
St.Flannan’s collegeへ。
折角なので、
朝の初心者コースと昼の中級者コース、
両方受けてみることにする。

時間になって、教室の前で待っていると、
いきなり、一人のおじさんが話しかけてくる。
「君、ボタンアコやってどの位?」
「チューン…リールとか弾けるの?」とか。
先生かと思いきや受講生で、名前はミホールさん。
北アイルランドから来たそうで、
自分が初心者なので、こちらの様子をうかがっているらしい。

結局、生徒は我々二人きり。
入ってきたのは
ダミアン・オ・ライリー先生(22才)。
若手の実力派と地元で呼び名の高い青年らしい。

まず先生が一生懸命手書きしたことがうかがえる、
指使い付き譜面のコピーが配られる。

まずは、指使いを意識しながら、ジグのメロディを覚える。

同じボタンでも押し引きで音の違う
ボタンアコーディオンの場合、
流麗にメロディを弾くためには、
無駄に蛇腹を動かさないよう、
正しい指使いの研究が不可欠なのである。

見よう見まねでやってみる。
英語は早口で分かりづらいが、
譜面は世界共通なので、まあ出来る。
ミホールおじさんは悪戦苦闘中である。

…すると、ミホールおじさんがいきなり先生に、
「先生っ!こいつは初心者じゃありませんよ。
結構弾けるヤツなんです。試しに何か弾かせてごらんなさい!」
とうそぶく。

先生は困って、私に
「本当?それなら中級者コースに出れば良いんじゃないかな…。
まあなんか弾いてみて」
などと言う。

しぶしぶ弾いてみせると、ミホールおじさんが
「ほらねーほらねー弾けるでしょう、この子!」
などと先生に言う。くっ…大人しくしているのに…

「日本にはボタンアコの先生がほとんどいないんです…
日本は遠い国です…涙」
などと、しおしおと二人をなだめて、授業再開。

ミホールおじさんはその後も先生に
「俺の先生と指使いが違うから分からない!」
などとつっかかっていたのであった。

引き続き中級者コースも、我々二人。
ダミアン先生、今度は私をフィーチャーして
教えてくださったのだが、
音楽はともかく、英語が不自由な私…。
説明を聞く私の顔が「きょとん」
としているように見えるらしく、不安げな顔をする。
顔はこうですが、理解してますってば!
早口を聞き取るためにきょとんとしがちですが…
おまけにしゃべりがしどろもどろだけど…

音楽難(失礼)のミホールおじさんと、
英語難の私…。

どちらに教えるか…
二者択一を迫られた真面目な若きダミアン先生は
本当にお気の毒であった。

長いワークショップが終わって、
ダミアン先生は心底ほっとしたようで、
自分が持ってきた教材を全部置いて帰ってしまった。

残されたのは大量のコピー譜。
今回使わなかった譜面もいくつか。
…あぁ、生徒がたくさん来ると思って
一生懸命準備したんだろうなぁ…かわいそうに…

私自身は、疑問や謎もとけたし、
いいヒントもたくさんあって、
有意義な時間であった。

…そして、このミホールおじさん、
ワークショップが終わる頃には、
私への猜疑心?も消えたらしく、
すっかり仲良しになってしまったのだった。

かなりのアコーディオンマニアであることが
判明したミホールおじさんは、私を車に乗せ、
これまたいきなりアコーディオンをめぐる旅に出発したのであった。

伝統音楽祭1・衝撃(Ennis/愛)

2c504c61.jpgクレア地方のエニスへ。
このあたりは音楽の盛んな地域で、
毎年、伝統音楽祭Fleadh Nuaが行われている。
セッションやワークショップ、コンサート、ケイリーダンス、
コンペティションなど、様々な催し物が企画されている。

街は、Clifdenよりも大きく、中位の規模といったところか。
でもこじんまりとしていて居心地の良い街である。
パブや教会、様々な店が並ぶメインストリートは
多くの人々で賑わっている。

着いた時間がちょうどイベントとイベントの合間で、
何もやって無かったので、
音楽祭のパンフレットに宣伝が載っていた
ボタンアコーディオン・ショップに行ってみようと急に思い立つ。

電話をかけてみると、そこの主人らしきおじさんが出た。
…が、話す段になって頭が真っ白になり、
「お店は何時までやってますか?」の英文が
出てこなくなってしまった…!
あわあわしているうちに、
ガチャン!と電話の切れる音が…うぅショック…。
数時間落ち込む。

夜になって、Aos Ogという、
クレア地域の優秀な若きミュージシャン、
ダンサー達のコンサートを聴きに
伝統音楽のための施設、Glor内にあるホールへ。

ミュージシャンは10代の若者達が中心。
ケイリーバンドや、
フィドル、アコーディオン、ハープなどの
ソリストの演奏も次々と行われる。
皆とても緊張していたけれど、上手だ。

…一方で、アレンジや、技法、音そのものすら、
どこか守りに入っているというか、
型にはまった…といった印象もあった。
これぞ自分の音!と主張する感じでは無いように
私には思えた。
伝統音楽を保存、継承することを
目的としているのならいいのかもしれないけれど…。

ダンサーは7,8才位から20代まで。
とても小さいのに、ステップが超速で上手な子や、
リバーダンス予備軍とまで言えるような、
美人凄腕集団など、こちらもすごかった。

長い(3時間位)コンサートの終盤は、
出演者がもう一度次々と現れ、
皆で演奏したりダンスをしたり。

…そこに突如、若者ミュージシャン達と入れ替わり、
スキンヘッドの眼光鋭いボタンアコ弾きのおじさんが、
一人、舞台袖に座ってダンスの伴奏を始めた。

…衝撃的だった。

たった一人で、ダンスチューンのメロディだけで、
ぐいぐいとダンスを操るように、引っ張ってゆく。

今まで様々な地方でボタンアコの演奏を聴いてきたけれど、
そうした「○○地方風」という枠を越えて、
そのおじさんでしかありえない、どこまでもクリアな音だった。
うっ好きだ…!

そのおじさんが、最後にステージの全てをかっさらっていった…
…位に私には思えた。

コンサートが終わり、ロビーに出てみると、
これまたレベルの高いセッションが始まっていた。

先程の出演者もぞろぞろと出てきて、セッションに加わってゆく。
ボタンアコのおじさんも出てくるかと、
待ってみたのだが、一向に出てこない。
帰ってしまったらしい…

司会進行のおじさん(といっても伝統音楽祭の主催の一人)
が出てきたので、ボタンアコのおじさんの名前を聞くと、
知らないと言う(単なる助っ人だったらしい)。

周りの人にも聞いてみてくれて、やっと、
ミホール・セクストンさんという名だと判明。
二日後にケイリーダンスの伴奏をするという。
よし、行ってみよう…!

写真は、エニスの街角にいた、アコーディオン人形集団。
皆、音楽に合わせてちゃんと蛇腹が動いていた。
右端のおじさんが多分作者。

嵐の一日(Achill Island~Clifden/愛)

b9cf1393.jpgアイルランド最大の島、アクル(アキル)島へ。
最大といっても、東西22キロ、南北19キロ。
海岸線が美しい事で有名な島である。
この島からは、七年に一度、
幻の島、ハイ・ブラシルが見えるという伝説もある。

Rivendell「Aeolian」には、
木村君作曲の「アクル島の虹」というインストを収録している。
うすら寂しい曲なので、そんなイメージを持っていた。

橋を渡って島に入ると…うすら寂しいというより、
手厳しい…といった感じであった…

天気はぐずついて、吹きすさぶ風、
崖に近づくとビュー、ゴゴゴゴ…とものすごい音で、
そのまま海まで飛ばされそう。雨が打ちつける。しかも寒い。

海岸線沿いの景色を楽しむための
アトランティック・ドライブという道路を通るが、
悠長に風景を楽しむどころではないのだった…

島自体は、人口も少なく、
ちょっとした集落は点々とあるものの、
あとは断崖と、羊の放牧と、ごつごつした山が占める。
ゲール語地域なので、看板もすべてゲール語のみ。
ううむ…分からない…

道路の終点は、山に囲まれるようにして
ひっそりとある、最西端の海岸。
しかし降り立った砂浜から広がる海は壮大すぎて、
私なんかが撮るカメラのファインダーには収まりきらない。

帰り道、ちょっと雨が止んだすきに、
山の中腹にあるというドルメンに向かってみる。
表示看板からかなり遠く、
島の集落を遙か見渡せる高さ位になって、やっと見えてきた。
途中、羊の白骨死体に驚く…(涙)
そりゃこんなところだったらそのままにしておくか…

…天気の良い日に来ると、イメージも変わるんだろうなぁ…。
(いや、こうした荒涼とした空気感は好きなのでいいのだけれど)

本土に戻ると、天気はますますひどく台風並みに…。
コネマラ地方の小さくて可愛らしい街、Clifdenへ。

夕食をとろうとパブに入ると、
「今日のスペシャル・ビーフストロガノフ(ライス付き)」
とある。これはもしや、日本で言うところのハヤシライスでは!
期待してオーダーすると、
来たのは、真っ白なソースのかかったライス。
確かにビーフはたくさん入っているが…
白いが、ホワイトソースというわけでもない。
塩味の、つかみどころのない味だったが、
案外気に入って完食。

ここもパブでのセッションが結構あると聞いていたのだが、
この日は、重要なフットボールの試合中継があって、
どこのパブも白熱していてライブところではなかった。
贔屓のチームが勝った時には雄叫びが上がり、
かなり凄かった…。

…余談ながら、サルタレリというアコーディオンメーカーには、
アイリッシュミュージック用の「Clifden」という名の
ピアノアコがあって密かに憧れているのだが、
なんでこの街の名前が付いているのかは、
行っても分からなかった。単なるイメージなのだろうか…。

イエイツとAll of me(Sligo~Westport/愛)

dc1dac20.jpgドニゴールから、スライゴー経由で(眼鏡をゲット!!!)
メイヨーのウエストポートへ南下。

スライゴーでは、
ノーベル賞詩人、W.B.イエイツのお墓のある、
ドラムクリフ教会に立ち寄る。

スライゴーはイエイツの母方の故郷で、
イエイツに縁深い地。
イエイツ・カントリーなどとも言われる。

話は少しそれるが、
イエイツは日本の「能」にも興味があって、
能に影響を受け、アイルランドの伝説をもとにした
「鷹の井」という戯曲を残している。

その「鷹の井」を逆輸入し、
「鷹姫」という能が日本で作られた。
鷹姫の守る不老不死の泉をめぐる物語で、
人間の生と死、老いと若さの残酷を
描いた作品である。

私はその能を高校生の時に観て感銘を受け、
結果、その後の10年間の運命が決まった。

めぐりめぐって、今こうして
イエイツのお墓の前に立っている。
遠い東の国、日本に思いを馳せる
イエイツの果て無き想像力と夢見る力を
あらためて思い、
10年分の感慨にふけったのだった。

教会からは、イエイツの愛した台形のかたちをした山、
ベン・ブルベンも見える。
緑濃く、降りかかるような光が美しい。

夕方頃、ウエストポートに到着。
ユースでまたもやカレーを作り(…)、
夜は、名フルート奏者、マット・モロイの
アイリッシュ・パブ「MATT MOLLOY’S」へ。
が、演奏スペースの部屋は、観光客でごった返し、
それに合わせた感じの演奏で、なんというか、ユルい。
じっくり聴く環境でも無い。

その隣のパブでも演奏していたので入ってみると、
フィドル&ギター・ボーカルのおじさんデュオがライブ中。

ほっそりしたフィドルのおじさんは帽子を目深にかぶり、
無表情に淡々とチューンを引き続ける。
まさに職人、といった演奏である。
歌の裏メロになると、カントリーな感じでこれまた味がある。

対するギター・ボーカルのおじさんは、
恰幅が良くニコニコしながら、
ブルースっぽいアプローチのギター伴奏が格好良い。
歌は、パブソングに始まり、
All of meやテネシーワルツなどスタンダード系も幅広く。
その声には古きアメリカ映画から流れてきそうな
おおらかさがある。艶のあるいい声…!

テーブルにある二人のギネスのグラスが
半分位になると、店員が新しいギネスを持ってくる。
すごいペースだ…
ギネスが来ると二人とも本当に嬉しそうで、
演奏も上機嫌になっていくのだった。

アイリッシュアイリッシュした演奏ではなかったが、
心から楽しめる、いいノリと、至芸のライブだった!
何かトラブルが起こりそうになっても、
涼しい目配せ一つでぴったり息が合う。
この二人、相当長い付き合いなんだろうなぁ…
昔はどちらも結構な悪ガキで…なんて想像してしまう。

ライブ後、ギターのおじさんは、
帰って行く外国人お客さんたちに
それぞれの国の言葉で(!)「さよなら」と声をかけていた。
ドイツ人にはドイツ語で、フランス人にはフランス語で、
勿論、私には日本語で…
すごいなぁしゃべってもいないのに…

さすがベテランの余裕というか、
演奏中、我々客側のこともじっくり観察していたのであった…。

セッションの渦(Bunbeg/愛)

691f664b.jpg翌日、昼間は、デリーエア(ダニーボーイ)で有名な、
北アイルランド、デリーへ。ドニゴールとは隣り合わせで近い。
北アイルランドに踏み入れると途端にイングランド、
という気配がする。古い街である。
歴史を物語る高い城壁がこの街のシンボルで、
そこから眺めるカトリック地域は、
どうしても過去の暗い歴史を思い起こさせ、
薄く哀しい気持ちになる。

夜はユースの近く、
Bunbegにある、Teach Hudi Beagという
アイリッシュパブのセッションへ。

このあたりは、アルタンをはじめ、
素晴らしいミュージシャンを多数輩出している地域である。
ここの空気が、土地がそうした音楽を生み出す。
…上手く言葉に出来ないけれど、
あぁそうなのか…と強く心に響くものがある。

ここはそのアルタンのボーカリスト、マレードのお父さん、
フランシー・ムーニーがセッションを主催しており、
彼が亡くなった今も素晴らしいセッションを続けているという。

いい場所でじっくり聴こうとギネスも飲んでスタンバイしていると、
ユースのオーナーの奥さん、ミレイさんがやって来て、
セッションメンバーにあろうことか、紹介してくださる。
メンバーたちはにこやかに「是非入って一緒にやろう!」
と言ってくださる。ちょっと緊張…

フィドル・カウンティとも言われるドニゴールだけあって、
フィドルが5人、バウロン、ギター、そしてイーリアンパイプ。

結論から言えば、Ardaraでのセッションより
知らないチューンも多く、十分は参加できなかったけれど…
曲々から生まれるグルーブの渦は、ものすごく、すさまじかった。

軽快に、テンポの速いチューンが次々と繰り出され、
まるで演奏者の中央に台風の渦が生まれたかのように、
巻き上がってゆくように感じた。これか…!

セッションの途中、ゲール語の独唱も入る。
この時は皆、周りを静かにさせ、聴き入る。
コネマラから来たというおじさんのsingingが心にしみた。
音程も感情も揺るぐことなく、
淡々と語って聴かせるように、自分に問いかけるように、歌う。
Love songらしい。
時折、まわりの人々がゲール語で合いの手を入れる。
入れる場所は決まっているようだが、
感嘆なのか同調なのか、とても心のこもった合いの手だ。
日本の昔語りに入れる相槌を思い出した。

さらに夜も更けると、メンバーの一部や、
ユースに泊まっている外国人達が一緒になって
踊り始め、残りのメンバーは途切れることなく演奏する。
それがずっと、続いた。
皆心の底から楽しんでいる、いい顔だ!

セッションが終わって、ユースのコモンルームで、
ミレイさんが「今日のは特にいいセッションだった」と
静かに、満足そうに言っていた。
メンバーの中にマレードの親族も何人か混じっていたそうだ。
やけに感性の鋭い、求心力のあるフィドラーの指先を思い出した。

ドルメンを探して(Ardara/愛)

e6ddaf68.jpg唐突だが巨石好きである。
大昔からそこに在り続ける巨石の圧倒的な存在感。
傍らに寄り添うとじわじわと波打つパワーのようなもの、や
安心感さえ感じるような気がする。
日本でも熊野や関西方面に多く、
見に行っては何度も心を揺さぶられた。

アイルランドも巨石の大変多い国で、
見てみたいと思っていた。

今日もArdaraで先日のおじさんたちのセッションが
あると聞いていたので、
車で行く次いでに(といっても二時間弱かかる)、
有名なドルメンも見に行くことにする。

…しかし、そのドルメンがどこにあるのかが、分からない。
道途中で「ドルメンセンター」という仰々しい名前の
公民館風の建物を見つけるも日曜で休み、
地図や矢印の一つも無いし、人に聞いても分からない。

ようやく近所の教会から出てきた神父さんに聞くと、
教会横の坂を上ったところ、と言う。
…思いっきり人家の敷地、である。

幸い(?)人影も無く、さらに進むと、果てしない草原が広がる。
空がとても高い。
その先に、小さく石の影が見える。あった!
ここの地形は昔から変わらず、
丘の上にあるドルメンは、どこからも見える、
ランドマーク的存在でもあったのだろう。

石の上にさらに重なる大きな石が、
翼のように羽をひろげる。
先史時代の墳墓とも言われるドルメンは、
しんとした土地に凛々しく立ち、
とてもすがすがしい存在だった。
いくつの出来事を洗い流してきたのだろう。

夜はArdaraの街、もう一度、The Beehive Barへ。
けれどもおじさんたちはおらず、
別のグループのセッションだった。
リーダー格は、ボタンアコを弾く中年女性。
テクニカルな早弾きで、上手い。
ぐんぐんまわりを引っ張ってゆく。
でもすごく攻撃的な音だった。
…本当に性格って音に出るなぁ…。

風やまぬ地(Tor/愛)

6152abe3.jpgArdaraからさらに北へ、Crolly方面へ向かう。
Ardaraのあたりはまだ緑があったが、
進むうちに、荒涼とした風景になっていく。

道路から細い道へ、そして
いくつかの透き通った小さな湖を通過すると、
山の中腹、Torというところに
今日泊まるユースホステルがある。
眼下には、牧場が広がり、背後には山がそびえ立つ。
建物は数件ちらほら。あとは何も無い。
強く吹き付ける風は一年中止む事がないそうだ。

アイルランドに来てからずっと晴れ間が続いてきたが、
はじめてここで、今にも降り出しそうな曇り空で肌寒い。
数時間後の景色の変わりようにいささか驚く。
当たり前だけど、遠くまで来てしまったなぁ…。

ユースはとても暖かい雰囲気で、
アイルランド人のオーナーと
フランス人の奥さんがにこやかに迎えてくれる。
宿泊客は、ドイツ人の家族や、イタリア人たち。
こんな小さいところで、ちょっとした人種のるつぼである。
コモンルーム(談話室)でお茶を飲みながら、
英語でお互いのことを話す。
何故かバッハの話になって
「日本ではBachのことをバッハというのー」
と言ったらドイツの女の子にくすっと笑われた…。

ユースはお洗濯や料理が出来るのがいい。
早速、途中のスーパーで買った、
野菜とタイ米、そして日本から持ってきた(!)カレールーで
カレーを作る。
ひさしぶりの米!たくさんの野菜!
懐かしき(といっても1週間ちょっとしか経ってないけど…)
ジャパニーズカレー!

夜は、Crollyにある、Leo’s Tavernというアイリッシュパブへ。
ここはエンヤや、クラナドのモイヤ・ブレナンのお父さんである
レオの経営するパブとして大変有名である。
やはりここに来たからには…と思って寄ってみたのだが、
ライトアップされた外壁のロゴ、たくさんの車、
店内はこの田舎の村に!と思うほどのお客さんで大盛況。
そりゃこのあたりの観光地なのである。
私の頭の中には「エンヤ御殿…」という言葉が浮かび、
演奏もキンキンするロックだったので、早々に退散。

ごうごうと響く風の音を聴きながら就寝。

コンペティション(Ardara/愛)

76ebc659.jpgArdaraで開催されている音楽祭のちらしは
すべてゲール語で書かれているので、
なかなか全容がつかめなかったが(辞書を忘れた!)
どうも、メインイベントは青少年向けの
コンペティションのようである。
各種楽器、ゲールソング、イングリッシュソング、
ケイリーバンドの部など。

一般も見学可ということで、
まずピアノアコーディオンの部へ。
小さい子の演奏を聴いていると、
どういうところをポイントに教えるのか、とか
どう過程を積んでいくか…といったことが
一目瞭然なのである。

アイルランドというと、ボタンアコが主流で、
ともすると、ピアノアコは邪道などとも言われることがある。
しかしどうしてどうして、
ここドニゴールではピアノアコの出場者数の方が断然多かった!
ケイリーにはピアノアコも多いらしい。

12才以下、12-15、15-18、18才以上
に分かれての演奏。
皆小さくてかわいい、そして年季の入った
楽器(親からのものなのだろう)を持って、
神妙な顔をしている。

中年の女性(たぶんアコの先生)2人の前で弾く。
特筆すべきは12才以下の部。
小学校2年生位でもう両手で、
右手のメロディは自分で工夫した装飾音、
左手はコードアレンジを加えた伴奏を弾いていた。

これが12才以上になると、
日本と同じく、レッスンも中だるみするらしく、
テクニックも揺り戻しがあるらしく、
なかなか大変そうだった。

コンペとはいっても、場数を踏ませたり
これから伸ばすためのもので、
いわゆるコンクールのようなピリピリした空気は無い。
1位に選ばれたのは音が大きく、伸びのある子。
総評もとてもあたたかった。
まずは両手のリズムの確実性とポテンシャルの維持。
それを頭から最後までキープする…が大切、など…

ボタンアコの部は、少人数だけに
緊張感が走っていた。
部屋もピアノアコの部屋に比べて狭く、
他の楽器の出場者も沢山いて、
ちょうど高校生位の女の子がソロで弾いていたが、
すごく硬くなっていてちょっとかわいそうだった。
(上手かったけれど!)
こうして育っていくのだなぁ…

外に出ると、昨日のセッショングループのおじさんたちに出会う。
審査員か?
「今晩もやるから、また後でなー」と声をかけてくれるが、
この後移動してArdaraに戻れず、
これが最後の別れになったのだった…。

写真はArdaraはずれの教会にいた犬一匹。

音楽祭の夜(Ardara/愛)

eac2c427.jpgスライゴーから車で、
アイルランドの北西部、ドニゴールの
中心街の一つ、Ardaraへ。
カラフルな色の家々が並ぶ
かわいらしい街で、
ちょうど音楽祭を開催中である。

街の中央広場にはカラフルな旗がつり下げられ、
いたるところのパブに「今夜演奏あり」
と書かれた看板が出ている。

スライゴーでの経験を生かし、
早めに夕食を済ませ、部屋で一息ついてからパブへ。
演奏は皆10時~10時半頃からゆるゆると始まる。

最初に見た2件のパブはどちらも、
カントリー風味なパブソングライブだったので、
3件目、The Beehive Barへ。

ここでは総勢15人強のおじさんたちが
大きなテーブルを囲んでセッションをはじめようとしていた。
フィドルたくさん、バンジョーたくさん、ティンホイッスル、
ギター、バウロン。

なんとスタイリッシュで格好いいセッション!
黙々淡々と演奏を続ける。
スピードは速めで、フレーズやリズム、
コードアレンジも凝っていて、しぶくてキマっている。
ちょっと現代的にも感じる。総じて職人気質である。
それに一生懸命ついて行こうとする若者もいたりして…。

はじめは大人しく聴いていたのだが、
知っているチューンも多く、むずむずして
思わず、スキンヘッドのバウロンのおじさんに
「入っていいですか?」と聞くと、
にやりと「いいよ、椅子もってきな」と言う。
隅っこに混ぜてもらう。

輪の中に入ると、
2つのグループの集まりで
片方が演奏をリードすると、
次はもう片方…ということになっているらしい。

演奏に加わってみると、
セッションの中にあるリズムの渦、をより強く感じる。
強烈に一つに集約されていく。

知らない曲は、そのチューンを覚えるように
邪魔な音は出さずに、指で追うのだが、
それもまた、いい曲に出会えてわくわくしてしまう…。

隣の無口なフィドルのおじさんが、
たまに曲の事を教えてくれたり、
サンドイッチを勧めてくれたりする。

一区切り着く頃には夜中の1時過ぎ。
はじめはいかつい表情をしていたおじさんたちも、
お酒も入ってすっかりご機嫌になっていた。

写真は昼間のArdara。坂を下りると中央広場。

めがね・その後(Sligo)

9ecb3e32.jpg翌朝、泊まっていたB&Bの女主人もめがねっこだったため、
「Unfortunately…!」と同情し、
行きつけの眼鏡屋さんにすぐ連絡してくれる。

行ったのは街中にある、Specsaversというチェーン店。
近代的な洒落た店構えで、アイルランド中にある。

検査や作る手順は日本と変わらないが、何せ全てが英語で…
口をもごもごさせていたら、
担当のレンズ調整師の美人なおねえさんに
「何も言わなくてもこちらで作るから、質問に答えて!」
とぴしゃりと言われる。はい…。

文字読み検査はもちろん、アルファベット。
私の発音が微妙~なので、間違いとみなされかかって
訂正することしばし。
しかも、「ぼやけてみえます」
とか「左から2番目の文字は読めます」
とか「3段目は読めますが、4段目はどうも…」
なんて、咄嗟にどういえばいいんだ!

…しかし、「これでどう?」と、
調整してくれたレンズは
以前のものよりも、よりクリアに見えた。
このひと職人だ…!

旧フレームと片方のレンズは大丈夫だったので、
そのまま流用できたのだが、
あまりに見やすかったので、思い切って新調することにする。
食べ物の物価に比べこれは妥当な値段である。

大人用フレームはやはり大きく、子供用で。
お店のおねえさんのオススメにしたがって
赤いふちにした。
(しかし、日本帰国後の反応は「前のと変わらないね」であった…)

その後、機関銃のように早口でしゃべるおじさん
(多分レンズ管理係)が現れ、説明をしてくれる。

…お前のレンズは特殊なので、出来上がりに時間がかかる。
ついては、代わりの無料レンズを古い眼鏡に入れておいてやるから、
それを使ってまた来週、取りに来てくれ。

…ということらしい。え?来週………?

…入れてもらったレンズは、普段のものと度が違いすぎて、
見えなくはないが、ものすごく、頭がぐらぐらした。
その後、10分かけてははずす、という日々を
5日間、すごしたのであった…。

写真は、裸眼でとったスライゴーの教会。
建物の輪郭と、緑の固まり。