「レコーディング一日目」フィンランド演奏記その8

いよいよレコーディングの朝。ティモさんが車の中で、「エンジニアはスピーリだ。彼はとても優秀でひっぱりだこなんだよ。」と言う。スピーリ…へえ、フィンランドっぽい名前だねえ…などと寝ぼけた頭でぼんやり考える。

スタジオは、ヘルシンキ近郊にある。もともと学校であった建物をリノベーションしたスタジオで、オールドな木造の建物。坂を上り、入り口から狭い階段を上ると、なんともアットホームなスタジオに着いた。ジェネシスやキングクリムゾンのレコードが壁に飾ってある。

眼光鋭く、ガタイの大きい一人の男性が録音卓で作業をしている。挨拶をして「スピーリ、っていうの?」と聞いてみる。
ああそうだ、と名刺を見せてくれる。ん?Speedy?スピーディ!!
「エディット(レコーディングをしながらの編集)がスピーディ(早い)だから、皆が俺の事をSpeedyと呼ぶ。俺の本名を知らない奴も結構いる。」本名はJyrki Saarinenさんと言う。日本で言えば「最速野郎」すごいあだ名!ミュージシャンでもあり、無口なハードボイルド味のある人だ。

今日のレコーディングは10時から18時まで。二日間しかないのに、大丈夫かな、終わるかな、と不安になる。日本でもアルバムのレコーディングは、二日か三日くらいで行うが、ロックアウトといって、12時間スタジオを貸切ることが多い。TimoとSpeedyに聞くと「そんなに長くやったって良いものが録れるわけないだろう」と口を揃えて言う。日本のやり方を話したら、大変にあきれた顔をされたのであった…。

今までずっと、海外のCDでアコーディオンを聴くたびに思っていた。なんて音がきれいで深みがあるんだろう。きっと石造りの響きのいい空間とか、録音環境が全く違うんだろうなあとか、日本とは違う録り方があるのかもとか…。それを身をもって体験できることをすごく楽しみにしていた。しかし、このスタジオは日本と環境も広さもそうたいして変わらない。建物が古い分、自然な響きがあることくらいか。

スタジオはグランドピアノが置かれた部屋と、コントロールルーム、そしてラウンジ。
私はコントロールルームの外側の通路にマイクがセッティングされていた。狭いけれどその方が心落ち着く日本人…。マイクは日本のオーディオテクニカ、シンプルなマイキング。
私とTimoさんは扉を隔ててそれぞれ個室になるので、同時に演奏録音しながら、音は別々に残す事が出来る。もし片方が間違えた場合は、片方だけ録りなおしが
できるというわけだ。

まず最初は、録りやすそうな「風の生まれる国」(Land of the Wind)からレコーディングははじまった。Timoさんの美しいピアノフレーズがヘッドホンから聴こえてくる